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東京地方裁判所 平成5年(ワ)14430号 判決

主文

原告の訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  被告の本案前の主張について

1  《証拠略》によれば以下の事実が認められる。

(一)  本件団地は、住宅地区改良法二七条二項の規定により国の補助を受けて建設された町営住宅(以下「改良住宅」という。)であり、その入居関係については、住宅地区改良法、鴨島町営住宅の設置及び管理に関する条例、「特定目的住宅の取扱要領」がこれを規定している。鴨島町営住宅の設置及び管理に関する条例は、住宅地区改良法(以下「改良法」という。)及び公営住宅の規定に基づき設置された町営住宅等の設置及び管理について必要な事項を定めたものであり、「特定目的住宅の取扱要領」は特定目的同和向住宅について、その入居手続等を定めたものである。

(二)  本条例上、改良住宅の入居については以下の規定がある。

第八条(改良住宅の入居等の資格等)

1  第三条から前条の規定にかかわらず、改良法第二十七条第二項の規定により国の補助を受けて建設した町営住宅(以下本条において「改良住宅」という。)に入居することができる者は、次の各号に掲げる者で、改良住宅への入居を希望し、かつ住宅に困窮すると認められるものでなければならない。

一  次に掲げる者で、改良法第二条第一項の住宅地区改良事業の施行に伴い住宅を失つたもの、

イ  改良法第四条の規定による改良地区(以下「改良地区」という。)の指定の日から引続き改良地区内に居住していた者。ただし、改良地区の指定の日後に別世帯を構成するに至つた者を除く。

ロ  イただし書に該当する者及び改良地区の指定の日後に改良地区内に居住するに至つた者。ただし、改良法施行令(昭和三十五年政令第百二十八号)第八条の規定により、町長が承認した者に限る。

ハ  改良地区の指定の日後にイ又はロに該当する者と同一の世帯に属するに至つた者

二  前号イ、ロ又はハに該当する者で、改良地区の指定の日後に改良地区内において災害により住宅を失つたもの

三  前二号に掲げる者と同一の世帯に属するもの

2 前項の規定は改良住宅に入居することができる者が入居せず、又は入居しなくなつた場合における当該改良住宅の入居者の資格等については、適用しない。

第八条の二(入居許可の申請)

第五条又は前条に規定する入居資格のある者で町営住宅に入居しようとするものは、町営住宅入居申込書を町長に提出し、その許可を受けなければならない。

(三) 「特定目的住宅の取扱要領」の規定は以下のとおりである。

鴨島町営住宅(特定目的同和向住宅)については、次のとおり取扱いする。

入居の資格(空屋の入居についても次の各号の条件を具備すること。)

1  町内に居住するものであること。

但し、最近に於て町内に居住するに至つたものについては、適当と認めたものに限る。

2  別世帯を構成することが明らかであること。

註 現に同居し又は同居しようとする親族(未届の夫又は妻又は婚姻の予約などを含む)があること。

3  現に住宅に困窮すると認められるもの。

希望調書による事前調査

空屋が生じたときは、別紙様式の希望調書を都市計画課長に提出する。なお、この調書については、都市計画に於て事前審査を行う。

入居申込書の提出

調書による事前審査にて適当と判定されたものについて入居申し込書を受理する。

入居者の決定

住宅の困窮度の高いものから入居者を決定するが、判定が難しいときは、公開抽せんで入居者を決定する。

その他

イ  入居者については、同和対策課と協議の上決定する。

ロ  提出書類 鴨島町営特定目的住宅入居予約申請書、鴨島町営住宅入居予約申込書、家賃証明書、所得証明兼納税証明請求書、住民票

(四) 本件団地への入居手続の現実の運用については、「特定目的住宅の取扱要領」に基づいて行われていたが、提出書類としては「特定目的住宅の取扱要領」記載の提出書類のほか、町営住宅入居申込書(付票)の提出が要求され、右付票には自由同和会もしくは部落解放同盟の承認印が必要とされた。

(五) 原告は、「特定目的住宅の取扱要領」に基づき、平成三年一二月一三日、被告に対し、本件団地につき本件申請を行つたが、被告は原告の本件申請には付票の添付がなかつたことから、書類不備であるとして、本件申請書類を原告に返送した。

2  以上の事実を前提に、被告の本案前の主張につき検討する。

(一)  本件不許可処分取消しの訴えについて

(1) 処分の取消しの訴えは「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」をその対象とし、その取消しを求める訴訟である。ここにいう「行政庁の処分」とは公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によつて、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確認することが法律上認められているものをいう。

したがつて、処分の取消しの訴えの対象は「公権力の行使」に該当することが必要であるところ、公権力の行使とは、法が認めた優越的な地位に基づき、行政庁が法の執行としてする権力的な意思活動、すなわち、行政庁が相手方の意思のいかんにかかわらず一方的に意思決定をし、その結果につき相手方の受忍を強制しうるという法的効果をもつ行為を意味するものであり、換言すれば、いわゆる公定力を生ずる性質の行為である。

(2) ところで、公営住宅の利用関係は基本的には対等な法主体間における契約上の権利義務関係にほかならないのであつて、利用関係発生の原因である入居の許否関係も、法律が当該行政庁の優越的な意思の発動として行わせ、私人に対してその結果を受忍すべき一般的拘束を課すという「公権力の行使」には本来該当しないものと解するのが相当である。

本条例第八条の二(入居許可の申請)は、「第五条又は前条に規定する入居資格のある者で町営住宅に入居しようとするものは、町営住宅入居申込書を町長に提出し、その許可を受けなければならない。」と規定しているので、一見、入居「決定」という行政処分が予定されているようにみえなくもないが、同条例二条が「町営住宅町が法(公営住宅法)及び改良法(住宅地区改良法)の規定により、国の補助を受けて建設し、町民に賃貸するための住宅及びその附帯施設をいう。」と規定していることや、改良法、公営住宅法、鴨島町営住宅の設置及び管理に関する条例及び「特定目的住宅の取扱要領」の各法令上、長の行為について不服申立てや取消訴訟に関する規定が全く存在しないことなどに照らすと、改良法、公営住宅法、鴨島町営住宅の設置及び管理に関する条例及び「特定目的住宅の取扱要領」の解釈としては、その入居手続にあたつての長の許可、不許可の決定は、公権力の行使には該当せず、抗告訴訟の対象とはならないものと解すべきである。そして、このように考えても、入居拒否に対しては損害賠償を求める等民事訴訟による救済の可能性も存在するから、救済の途がとざされるわけではない。

原告は、公営住宅の入居手続に関しては、公営住宅が憲法二五条の生存権の確保に由来し、住宅に困窮する住民に低廉な家賃で公共の建物を居住用に提供することが目的であることにかんがみ、公営住宅法は、行政において恣意的な運用がなされることのないように、契約自由を原則とする私法関係は排斥し、入居手続を法定することにしたものであるから、長の入居決定は行政処分であると主張する。

しかし、同法は、公共団体と住民との「契約」によつて、公営住宅の利用関係は発生する旨規定する一方、公共団体が右契約を結ぶにあたつては、公営住宅設置の目的に照らして、その承諾の自由を規制したものとみることもできるのであつて、原告の主張はこれを採用することができない。抗告訴訟が行政庁の行為に公定力がある場合にそれを消滅させるための特別な訴訟制度であることにかんがみれば、本件公営住宅への入居手続は抗告訴訟の対象とならないものというべきである。

二  不作為の違法確認の訴えについて

行政事件訴訟法において、不作為の違法確認の訴えは、抗告訴訟の一類型として、私人が行政庁の処分又は裁決を求めて法令に基づく申請をしたのに対し、行政庁が何ら応答しないことに対する不作為状態の解消を目的とするものである。したがつて、申請の対象となる行政庁の行為は、処分性を有することが必要である。本件の場合、前記のとおり、原告の本件住宅への入居申請に対して対応すべき被告の行為は処分性を有しないから、本件不作為の違法確認の訴えも、訴えの適法要件を欠くものといわなければならない。

三  以上のとおり、原告の本件各訴えは、いずれも抗告訴訟として対象とならない行為を対象とするものであり、不適法なものといわざるをえない。

四  結論

以上のとおりであるから、その余の点については判断するまでもなく、原告の訴えはいずれも却下を免れない。

(裁判長裁判官 朴木俊彦 裁判官 近藤寿邦 裁判官 三浦隆志)

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